2016年8月25日木曜日

佐々木ひとみさん原作の『ゆずの葉ゆれて』を有楽町スバル座で見てきました! 『ぼくとあいつのラストラン』(ポプラ社)は初めて出版お祝い会にも出させていただいて、あのころの私は季節風に載ったひとみさんの文章をラインマーカー引きながら読んでいて、スカイエマさんに自分が絵を描いていただくことがあるなんて思いもしなかったけど、あのソファーのシーンが目に焼き付いている思い出の本。それが映像化されるなんてすごいです。

元々のお話はひとみさんの故郷が舞台だと思うのですが、今回の映画の舞台は鹿児島県の喜入。鹿児島空港や、桜島、海に沈む夕日を含むすてきな鹿児島の風景が見られて、鹿児島弁が聞けて、季節風の風馬さんのお作品で読んだことのある「たのかんさー」も映っていて、おそらくはもうなくなっちゃった風習(うちのほうではもう農家の方もみんな葬祭場でやる)自宅でのお葬式のシーンがあって、そしてあの歌は何でしょう、薩摩伝統の祝い歌?駅伝優勝の祝勝会で歌われるのが、明治維新を思ってじーんとくるような、ぱんぱん飛びまくるトンボにああそうだよなあと。ほんとすてきな映画でした。

2016年8月8日月曜日

「小説 小学生のヒミツ ともだち」発売しました

『小説 小学生のヒミツ ともだち』出ています。今回は原作の『放課後』巻にあるエピソードも加えた短編三話仕立てです。


http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784061995840

2016年8月7日日曜日

「なかよしおまもり、きいた?」松井ラフ

書名: なかよしおまもり、きいた?
著者名: 松井ラフ
出版社: PHP研究所
好きな場所: 「おあいこじゃない。おあいこなんかじゃあ、ないよ……」
所在ページ: p71
ひとこと:河童の会でごいっしょの仲間、松井ラフさんの二作目のご本です。
 みくは一年生です。
 きれいなかれんちゃんが好きで、いちばんのなかよしになりたいのです。でもかれんちゃんには、まゆちゃんというなかよしがいて、赤ちゃんのときからいっしょなのです。みくは、まゆちゃんのどこがいいのかわかりません。かれんちゃんはわたしといたほうが楽しいはずと思います。
 かれんちゃんがみくとまゆちゃんになかよしのおまもりと言って石をくれます。
 おそろいのような石ですが、微妙にちがいます。アクシデントでみくの石はなくなって、まゆちゃんのがみくの手元に。みくはまゆちゃんのとわかっているのですが、返したくありません。でもまゆちゃんは……。

 物語は「葛藤」を書けと言われますが、小さいときに大きな葛藤だったものは、覚えているものもありますが、忘れてしまったものもあります。
 これは、大人になってみれば忘れてしまったような客観的には小さな葛藤です。でも当時はものすごく大きなものだった。そんな葛藤をていねいに描いた作品です。
 きっときっと、今現役の一年生には大きく共感してもらえるのではないでしょうか。

 松井さんの一作目のご本『白い自転車、おいかけて』もそんなご本でした。とっても評判がよく、韓国でも出版されたと伺っています。
 白い自転車で絵をお描きになった狩野富貴子先生が、今度もすてきなかわいい絵をお描きになっています。

2016年8月4日木曜日

「幽霊少年シャン」高橋うらら

書名: 幽霊少年シャン
著者名: 高橋うらら
出版社: 新日本出版社
好きな場所: 聞きたいことがあります。おばあさんは、山科サクラさんですね、通っていたのは、満州の新京にあった大文字小学校ではありませんか?
所在ページ: p160
ひとこと:埼玉の小学六年生、高野大地が寝ていると、夜中、太った人のよい顔をした少年が現れます。自分は幽霊だといい、リュウ・シャンという名前だといいました。そして、大地のことをおぼっちゃまと呼び、会いたかったといいます。そしてちょっと来てくれといって、どこかにつれて行きます。
 その場所は、新京大文字在満國民学校というところの教室でした。そこは日本が戦争中につくった満州という国で、大地は徳永大和という名前になっていました。シャンは大和の家で働く中国人の少年だったのです。
 シャンは大地のことを大和だと思っていて、大和が呼んだと言うのですが、大地には意味がわかりません。何度もシャンに呼ばれて昔の満州との間を行き来するうちに、満州の側ではソ連軍が攻めてきて、大和一家は列車で避難することになります。大和たちはシャンも乗せようとするのですが……。
 そして引用のように、山科サクラという人をみつけたことをきっかけに、なぜ大地が大和と思われたのか、だれが呼んだのかが、だんだん明らかになってゆきます。

 高橋うららさんは、ノンフィクションをたくさんお書きになっている作家さんですが、満州のこともノンフィクションで最初に書かれていたそうです。前に満州に取材に行ったともたしか伺ったことがあります。
 でもこれはファンタジー仕立てのフィクションです。
 今の子どもさんがたは、昔の話は難しくて入ってゆきづらいと聞いたことがあります。私ども児童文学で依頼していただく原稿はほとんど「現代の子どもを主人公にしてください」となっています。そうでなければ読まれにくいという事情があるのでしょう。
 前と違って核家族になり、思い出話などなかなか聞く機会がないことや、生活があまりに変わって、昔の用語や用具などがわかりづらいこともあるのだと思います。それは大人の本も同じで歴史物なども書くのは大変になってきていると思います。
 しかし一方、同人誌など拝見すると、実際に経験された方が、戦前のことを書かれたものも多く、とっても貴重でおもしろいお話が多いのですが、実際に経験しているとあまりに当たり前と思うことは説明することはないので、現代の子どもにわかりやすくという面はどうしても置いてきぼりになってしまう傾向があります。
 それをこの本では、ファンタジー仕立てにすることと、主人公の大地が現実の世界にもたびたび戻ってきて調べたり、聞いたりすることで、解決していると思いました。
 非常に映像的なお話なので、ドラマや映画にするとさらにわかりやすいと思います。

 歴史の評価はその時代が近いほどいろいろな説があると思いますが、だからといって実際にどんなことがあったかを知らないわけにはゆきません。それは、たとえばある現象を解釈する学説がAとBと分かれていて、口角泡を飛ばして議論している最中でも、その現象は存在しているということです。
 満州についてもだれが加害者か被害者かといういろいろな考えはあると思いますが、どういうところでどういう人たちがいたのかということは、伝えてゆかなければならないと思います。ぜひこの本を子どもさんがたが読んでくださいますように。

2016年7月28日木曜日

「おだまり、ローズ」ロジーナ・ハリソン

書名:おだまり、ローズ
著者名:ロジーナ・ハリソン
出版社:白水社
好きな場所:世間の人々の困ったところは、他人にどう思われるかを気に病みすぎることです。なぜそうなってしまうかというと、自分以外の人間が何を考え、何をしているかを気にしてばかりいるから。他人のことは放っておけば、相手もあなたを放っておいてくれるはずです。そして、それは問題のスケールが大きくなっても同じです。人はなぜ、他人が不運に見舞われると、いい気味だとほくそ笑むのでしょう? なぜ他人の破滅を喜ぶのでしょう? 自分は自分、人は人と割切ることができないから。それに尽きます。
所在ページ:p241
ひとこと:いやあ、ひさびさにあっという間に読んでしまう本に出会いました。この『おだまり、ローズ』は、イギリス下院の最初の女性議員だったナンシー・アスター(レディ・アスター)のメイドだったイギリス女性の回想録です。

 ナンシー・アスターという方は存じ上げませんでしたが、先般辞任したばかりのキャメロン元首相の奥さんのお母さんが後妻として嫁いだのが、このナンシー・アスターの息子さんだとか。ナンシー・アスターの旦那さんのウォルドルフ・アスターは、あのウォルドルフ・アストリアというニューヨークの超高級ホテルの持ち主だった一族の出身で、イギリスで子爵となり、下院議員から上院議員になって、またプリマス市の市長だった人らしいです。大変おもしろい点は、旦那さんもつまり元々はアメリカ人なだけでなく、奥さんのナンシー・アスターもアメリカ南部の出身の人だということです。

 一方、この本の語り手ロジーナ(ローズ)のほうは貴族のご主人夫妻とはちがって、労働者階級であるものの、生粋のイギリス人。元々は田舎の村の育ちですが、職を決めるにあたって「外国に旅行したい」という希望を持ちます。
 家族というか彼女のおかあさんは、ここがおもしろいところですが、それなら屋敷勤めがいい、外国につれていってもらえるからと言い、どうせならばちゃんとフランス語と婦人服の仕立てを習得して、お付きメイドになるのがいい、と言って、費用をかけてフランス語と仕立てを習わせてくれるのです。そして、まずはお付きメイドの妹版ともいえる令嬢付きメイドの口を探してきてくれます。それもおかあさん自身にメイドとしての職業経験があったからこそのアドバイスなのですが「○○になるには」といった職業訓練ルートが当時にあったこと、それに庶民がそれなりの費用をかけていたことが、おもしろいです。

 さて、ローズはまず令嬢メイドになり、奥様のメイドにもなったところで、昇給を考えて格落ちにはなるもののアスター家の令嬢メイドに転職します。ところが諸般の事情から、仲間内であまり評判のよくなかった奥様、ナンシー・アスターのメイドにならざるを得なくなるのです。このあたりも、とってもおもしろいのですが、さてこの評判のあまりよくない奥様、ナンシー・アスターはやっぱりとんでもない人で、ローズはいったんノイローゼになりかけます。しかし、ふと思い直し、奥様に口答えをするようになるのです。イギリス人らしい皮肉とユーモアをこめて。そして、奥様との仲はそれからなぜか改善し、奥様が亡くなるまで35年続いたのでした。

 いやあ、それにしてもこの本からわかるナンシー・アスターの性格といえば、まさに『風と共に去りぬ』のスカーレットです。彼女のメイドの扱いも、たぶん伝統的なイギリスの奥様のメイドの扱いとは違い、南部の伝統のものなのではと思います。自分の身をいとわぬ働き方も、戦争中にプリマスの病院でみせた彼女の患者への思いやりも、まさに風と共に去りぬのスカーレット(でなければ彼女の周囲の南部婦人)そのもの。たぶん彼女はイギリスに住まい、イギリスの貴族、政治家としてふるまいながらも、南北戦争期のアメリカ南部を生きていた。人の生まれ育ちというのは、根深いなあとおもいます。それに合わせてついていったこの主人公ローズは、イギリス人らしく自分というもの、引用のように人に流されない確固たる自分の意見というもののある人でした。この人と人と、文化と文化のぶつかりあいが、この本の一番の醍醐味だと思います。

 もうひとつの醍醐味はこの本に出てくるベテラン執事のリーという人に表されるお屋敷のバックステージのシステムと文化。この人は、カズオ・イシグロの『日の名残』の主人公を思わせる、とよく言われているようですが、カズオ・イシグロが、自分は同じテーマを舞台を変えて四度(?)書いた、それは最初に書いた『遠い山なみの光』と同じく、時代が変わっても変わら(れ?)なかった人間だ、というようなことを言っていたように思いますが、それを思うと、その変わらなかった人間をお屋敷のバックステージを舞台に描いたのが『日の名残』だとすれば、おそらくカズオ・イシグロはこの本を参考にして描いたにちがいないと思います。
 何かを書く人間からすれば、作家がどう発想して舞台をどう持ってくるか、その資料をどう使うかなどを考えると、本書は非常に参考になるものだと思います。

 なお、いろいろググってみますと、このローズさんは、ずいぶん前1976年にBBCラジオのインタビュー番組に出たことがあるみたいで、BBCはすごいのでただでWEBで聞かれます。デザートアイランドディスクという番組で、私など聞いてもざっとしかわかりませんが、自分が無人島に持って行きたい音源などを紹介するもののようです。東洋風のミュージカルや、フィレンツェが舞台のジャン二スキッキなんかが紹介されているところを見ると、ほんと旅がしたくて、メイドになったというの、わかるような気がします。
ローズさんの生声は、こちらです。
http://www.bbc.co.uk/programmes/p009n0x5