書名:
思い出をレスキューせよ ”記憶をつなぐ”被災地の紙本・書籍保存修復士
著者名:
堀米薫
出版社:
くもん出版
好きな場所:
「仕事の名前は、『紙本・書籍保存修復士』ですが、『修復』ではなく『治療』をしているのです」
「え? 紙を『治療』するんですか?」
「ええ、本来『修復』とは、『こわれた部分を直して、元の状態までもどす』という意味です。でも『治療』は『傷んだ資料を、次の時代へつなげる状態までもってゆく』ことを意味します」
所在ページ:
p100
ひとこと:東日本大震災は甚大な津波の被害があったことは、知らない方はいらっしゃらないでしょうが私も遅ればせながらあちこち案内していただいて拝見して、改めてびっくりするのは、その範囲の広さと被害の多様性です。
岩手県の大船渡に児童文学者のおおぎやなぎちかさんにつれていっていただいたとき、私は「え? これって川なの?」と言ったぐらいです。答えは「海」。フィヨルドというのは聞いているだけで見たことはありませんが、まさにフィヨルド。対岸がすぐそこに見えるような細い湾が何キロも奥まで続いています。津波はそれをさかのぼり、それでも足りずさらにまだ川をさかのぼり、周囲の建物を流し、浸水させたのです。
これは、そんなフィヨルドの大船渡に生まれ育った金野聡子さんという方のお話です。
金野さんは盛岡の会社で働いておられましたが、一念発起してイギリスに行かれます。そして、引用のように『治療』の技術を学んで、大船渡に戻られます。
それから震災が起き、金野さんの家のほんの二百メートルほどのところまで津波は押し寄せ、周囲はめちゃくちゃになります。親戚やお知り合いも被災され、金野さんも炊き出しなどに奔走されます。
その金野さんのところに、近所の方々から、なんとかならないかと遺影やアルバムが次々と持ち込まれてきました……。
流された写真を修復して元の持ち主に返す活動があるということはニュースなどで見て知っていましたが、実際、どんな作業をどのような手順でするかということなどは考えてもみませんでした。
いろいろなものといっしょに水につかった写真には、ウジ虫がわき、匂いがあがります。トレイ、筆、洗濯バサミのようなものから、冷凍庫まで必要になります。
一番大変であろうことは、モチベーションの維持です。「こんなことをしてなんになるんだろう」という疑問に答えつつ、次々と入れ替わるたくさんのひとたちに難しい技術を教えてゆかなければなりません。
歴史資料保全ネットワークや、写真メーカー、修復専門家のボランティア団体などと連携して、金野さんはがんばられます。現場のようすがこの本には活写されています。
著者の堀米さんは宮城県の育牛農家の奥様でご自分も被災者です。朝は早くから牛に餌をあたえ、その餌を食べてしまう野生のイノシシと戦いながらも、精力的に取材をされ、震災関係のご本だけでも、『ぼくらは闘牛小学生』『命のバトン』(佼成出版社)、『語りつぎおはなし絵本3月11日』共著(学研教育出版)などなど、雑誌掲載も含めもうこれで何編目でいらっしゃるでしょうか。なんとか被災地の現場を伝えようというご努力には頭が下がります。